《金魚》2024年/アルミマウント/S4(333×333mm)
¥71,000 ($449.79)
【金魚は、なぜ泳いでいるのではなく、“飼われている”のか。】
透明な鉢のなかには、美しさと引き換えに閉じ込められた何かがある。
金魚の由来を辿ると、
それは中国で飼育されていたフナ(主にヒブナ)に現れた赤や金色の突然変異。
“美しい”とされたその姿が人の手で選ばれ、繁殖されたことに始まるらしい。
美しさを理由に選ばれ、
美しさを理由に閉じ込められる。
その在り方に、私は自分自身の姿を見た。
このデジタルカメレオンシリーズの作品《金魚》は、
もともと抑圧された何かが溢れ出すようなエネルギーを描きたいという衝動から始まった。
私はこの絵を描く前に金魚を描くと決めていたわけではない。
何か飛び出すエネルギーを描いてみたいと思いペンを取った。
そうして、抽象的な線と形が重なり合う中で、
ある瞬間、私はその模様の中に「金魚」の姿を見出した。
そのとき、理解した。
抑え込まれたものが溢れる、その瞬間こそが金魚の姿であると。
金魚は、評価され、愛でられる存在として水槽に閉じ込められる。
その評価こそが、自由を奪う檻となることもある。
私は常に、自分や世界の本質を越え、可能性の先を見ようとしてきた。
その願いは、あの水槽から飛び出そうとする金魚の跳ねる力と重なる。
例えるなら、
幼少期、「泣かないでえらいね」と言われた言葉を思い出す。
その言葉は、私にとって涙を見せられない状況の壁、
まるで水槽のガラスのようだった。
外から見えるものと、内側に渦巻く苦しさは異なる。
その隔たりを、私は金魚というかたちで描こうとした。
私は今も、“本来の自分”とは何かを考えながら生きている。
そこに近づこうとするたびに、私は思う。
この大変さもまた、生を全うしようとする喜びなのだと。
世間の常識、与えられた評価、固定された思考。
それらは水槽のように、私たちの動きを美しく囲い込む。
だが、本当の美しさはそこを破り、跳ね、
あふれていく生命の、本質的な力の中にこそ宿る。
この作品では、金魚鉢を破ろうとする一匹の金魚を描いている。
私の中にも、あなたの中にも、
金魚のような“崇高なる美”がきっとある。
それは理想に向かう強い意志の塊。
本来の美とは、そうしたものが世界の境界を越え、
自由に泳ぎ出す瞬間に燃え上がる情熱なのかもしれない。
背景には、カレイドスコープ《2024.07.28》を使用した。
花開くような空の模様の中に、
閉じられた世界から飛び出す意志を重ねている。
さて、
──では、あなたにとって“金魚鉢”とは何だろうか。
それは、自らが築いた壁だろうか。
あるいは、知らぬうちに与えられた檻だろうか...。
渡邉帆南美《金魚》2024年/アルミマウント/S4(333×333mm)
《デジタルカメレオンシリーズ》
・一作品限定。
・サイン、作品証明書あり
・KYOTO STATION GALLERY【GRAND OPENING セレクション】入選作品






